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2024年6月25日火曜日

『かわらばん屋の娘』(くもん出版)が緑陰図書に

拙著『かわらばん屋の娘』(くもん出版)が全国SLAの第57回夏休みの本(緑陰図書)になりました。うれしいです!



小学校高学年の部です。

カバーは実際にあったかわらばんを模して、わかりやすいように現代語で書いたものです。デザイナーさんのアイデアで、ありがたいことに、カバーを読んでもおもしろいと言っていただいております。手ざわりも和紙のようなもので、とってもすてきです。右上のひとつだけカラーなのは、この物語の主人公です。

歴史をまだ学んでいなくても、物語にどっぷり入っていけるように書いたつもりです。
伊野さんの挿絵もすばらしいです。
夏休みに読んでいただけたらうれしいです。


あ、電子書籍版もありますので、行楽のおともにもぴったりです!

2023年12月24日日曜日

「子どもの本棚 2024年1月号」に『かわらばん屋の娘』(くもん出版)について書かせていただきました

「子どもの本棚 2024年1月号」に『かわらばん屋の娘』(くもん出版)について書かせていただきました。


 憲法などの授業を受ければわかることですが、報道の自由というのは、一般の方が感覚的に受け止めておられる以上に、とても大事な権利です。それは、国民が各自、自分の行く先を決めるために何かができる(主に投票)というしくみとセットなのです。で、行く先を決めるためには情報が必要だろ? ということで認められている権利ですが、これが昨今いろいろな弊害(プライバシーの侵害や情報過多による混乱)に紛らわされて、「いらないんじゃね?」「マスコミがもうけるだけなんじゃ?」と思われがちなこと、とても憂慮しています。
 国によっては、投票はできても、報道の自由がない国もあります。
 意思決定が早く、ぶれないので、とてもいいように思われますが、実質はどうでしょうか? 国民の気持ちをないがしろにしても、戦争に突入したりしていないでしょうか。
 私はそれがとても疑問だったので、この話を書きました。
 日本にも昔は、報道の自由が許されない時代がありました。冗談やたとえ話なら、お目こぼしがあっても、ちゃんと書いたらだめという時代が。
 その時代からこっち、私たちの先祖はいろいろな犠牲を払って、報道の自由という権利を得たのです。どうか今後も、これを失うようなことがありませんように。
 ちゃんと民主主義のしくみが作用するような将来であってくれますように。
 拙文お読みいただければ幸いです。

2023年12月1日金曜日

日本児童文学者協会ホームページで加藤純子さんに『かわらばん屋の娘』をご紹介いただきました

日本児童文学者協会ホームページの「今の児童書 私の推し」で加藤純子さんに『かわらばん屋の娘』をご紹介いただきました。

https://jibunkyo.or.jp/blog/blog-1876/

主人公吟の姿を、北斎の娘お栄に並べていただいて、うれしいです。






2023年11月30日木曜日

「女性のひろば」2023年12月号に『かわらばん屋の娘』(くもん出版)をご紹介いただきました

「女性のひろば」2023年12月号の「こども図書館」で、科学読物研究会の福田晴代さんが、『かわらばん屋の娘』(くもん出版)をご紹介くださっています。


ありがとうございます。うれしいです!

ほんとうに報道の自由の大切さを、この本を読んで、子どもさんがたに認識してもらえたらなあと思います。みなさまどうぞよろしくお願いします。

2023年11月2日木曜日

『書標2023年10月号』で『かわらばん屋の娘』(くもん出版)をご紹介いただきました

丸善ジュンク堂書店さんの雑誌『書標 ほんのしるべ』2023年10月号の「今月のおすすめ」児童書欄で、拙著『かわらばん屋の娘』(くもん出版)をご紹介いただきました。


書店さんの担当者さんが選んでくださったということで、とっても光栄、かつうれしいです!

2023年11月1日水曜日

「朝日小学生新聞」2023年10月5日号で、ご紹介いただきました

「朝日小学生新聞」2023年10月5日号の朝小図書室今月の3冊で、拙著『かわらばん屋の娘』(くもん出版)をご紹介いただきました。

選書は、子どもの本の専門店・メリーゴーランド京都の鈴木潤さんです。

本屋さんに選んでいただいて、ほんとうれしいです。



2023年10月23日月曜日

『季節風』156号に『かわらばん屋の娘』の書評

『季節風』156号に酒井和子さんが、『かわらばん屋の娘』(くもん出版)の書評を書いてくださいました。


 酒井さんはご自分も歴史ものをお書きになる方で、歴史にお詳しくまず巻末の参考文献のリストからご覧になったそうで、このお話のラストが東禅寺事件であることも、ちゃんとお気づきになって、評していただいております。
 本当にありがたいことです。
 月島晴海さんの「みんなの哲学教室」も、毎回勉強になって「ああそういうことか!」って感じです。経済学の宇沢さんなんて、名前むちゃくちゃ聞いたのに、これ読むまで、どういうことだかわかってなかったし。
 季節風にはほんとにいろいろな人材がおられて、ありがたいです。

 おまけ。現在の東禅寺。



2023年10月5日木曜日

『この本だいすき通信』334号の巻頭に、『かわらばん屋の娘』のことを、寄稿させていただきました

「この本だいすきの会」の機関紙『この本だいすき通信』334号の巻頭ページ、「シリーズ/「創る人」から234」に書かせていただきました。

『かわらばん屋の娘』(くもん出版)を書くにあたっての想いを、思ったとおり存分に書いていただいていいですよ、という大変ありがたいお言葉に、「報道が許されなかった時代に戻ってはならない」というタイトルで、この本を書いた趣旨を、述べさせていただきました。


この本のご感想で、今まで一番多かったことが「かわらばんというのが幕府から禁止されていたとは、知らなかった」ということでした。

江戸時代には報道の自由などというものはなくて、ついでに言えば、裁判を受ける権利もなければ(争いの裁定を求めるルートはありましたが、権利というものではなく)、投票もできず、行政を縛る行政法もなく、要するにおかみのすることに不服を申し立てることは一切、できなかったんですね。申し立てるには命がけで、その結果、一揆などで、たとえ村人たちは赦されることはあっても、その結果ちょっとおかみが妥協することがあっても、最終的には首謀者は死罪でした。だからそんなことを焚きつけるような報道などあってはならず……。

今ではありえないことですが、これがいつ、どうなって戻ってしまうかわからないと思います。独裁状態ならば、みんながだまっててくれたほうが楽ですから。実際、現代にもそんな国はいっぱいあります。

ですから、事実を報道するということは、その副作用でいろいろ煩わしいこともありますが、基本とっても大事だということを、ぜひ、子どもさんがたに知ってほしいと思います。

まあそういう趣旨のことを書きました。

手元にある方はぜひ、読んでください。



2023年9月4日月曜日

くまざわ書店錦糸町店さんに、色紙、ポップを飾っていただきました

拙著『かわらばん屋の娘』の舞台は両国、『はなの街オペラ』の舞台は浅草。どちらもお近いということで、くまざわ書店錦糸町店さんの地元コーナーに、色紙、ポップを飾っていただきました。

ありがとうございます!

両国、浅草お土産に、地域のお子さんがたの社会勉強に、読書感想文に、観光のお供に、ぜひ!


はなちゃん、吟ちゃん、どっちもがんばれ! あ、金太もだよ。





2023年7月24日月曜日

新刊見本来ました。『かわらばん屋の娘』(くもん出版)です。

 新刊見本来ました。『かわらばん屋の娘』(くもん出版)です。



 両国広場でかわらばんを売る娘「吟」。実は足のある人魚を、つくってもらわなくてはならなくて、そのうえ小さい弟は言うことを聞かずいたずらばっかりして、そしてだれかに追いかけられて逃げた先である人物に会い……という幕末のお話です。
 伊野孝行さんが、足のあるなまめかしい人魚をまあすばらしくすてきに描いてくださいました。  ブックデザインは『はなの街オペラ』のときと同じ坂川朱音さんです。同じしかけではぜったいこない方、今度も表紙をかわらばんにしてしまうというものすごいアイデアを出してくださいました。かわらばんに添えた記事はちゃんと読めます。吟のことも記事になっています。

 
 江戸時代というのは、のどかな面もありますが、実はとても不自由な時代でした。どこで何が起きたかもわからずに、何か不満があっても言ってはいけない。おかみのやりかたにケチをつけてはならないからです。かわらばんも実は、禁止されていたのでしたが、ひとびとはそれを売り、そして買っていました。

 


 いま、世界中をさわがせている国々では、報道が制限されています。江戸時代と同じように、おかみのやりかたが気にくわない人たちがいることを書くことは許されていないところに住んでいる人たちがいるということです。

 一方、私たちは、あったことをそのまま知らせることにはまあまあ不自由はしていませんし、むしろその弊害というか、情報過多、フェイクニュースなどに接して、むしろ制限すべきという論に傾きがちです。報道の自由などは、報道機関が営利のためにわがままを言っているのだととらえているむきも、ひょっとしてあるかもしれません。

 しかし、世界の不幸な国々を見るにつけ、報道の自由という原則は、私たちがまっとうな生活を送るためにとても大事で守るべきものだと改めて思いますし、それを獲得してきた先人たちの努力を忘れてはならない、この自由を手放してはならない、と思うのです。

 どうかこの本が子どもたちに届きますように。お力添えお願いします。