季節風168号に拙著『アントネストの羊』(文研出版)の書評を書いていただきました。筆者は後藤耕さんです。
ちょっと複雑なこの話を、解き明かしていただき、ていねいに解説していただき、感謝です。
中には、散見するレビューでは取り上げられていない論点もひろっていただいております。
特に「映像主体の文化が大規模に広がっている私たちの世界にも共通している問題」としていただいているのは、文字がなくなる世界ということです。
私が書きたかったことは、いくつかありますが、その一つがこれでした。
思ったことを映像にして提示するということは、昔は訓練を積んだ映像作家にしかできないことだったのが、ハンディカムやスマートフォンの出現で、だんだん撮影も編集も敷居が下がり、今や素人でもできるようになりました。そのうえ、これからはおそらく撮影や被写体すら不要になって「こんな感じ」と言えば、そういう映像が出てくるようになる(今でもプロンプトさえよければできる)。さらには、今後は、言う(プロンプトを書く)必要すらなく、こんな感じと思えば出てくるようになることでしょう。そして、そういう世界では文字は必要なくなることでしょう。
しかし、人の抽象的思考は、どうなるでしょうか?
具体的なことについてしか、考えられない人類が出現する?
抽象的思考は、文字の出現によって生まれたんではなかったんでしょうか?
そういうことだったのですが……。
読みこんでいただいて、大変ありがたいです。
