2021年10月3日日曜日

「田老の町で生き抜いて 二度の津波を乗り越えたおサヨさんの物語」田沢五月

書名:田老の町で生き抜いて ー二度の津波を乗り越えたおサヨさんの物語ー
著者名:田沢五月
出版社:宮古民友社



好きな場所:「でっけえ声だな」
「うん。男だべ」
所在ページ:p10
ひとこと:産声が大きくて、男にちがいないと兄たちに思われたサヨは、賢くて気がついて、質問ばかりするので、父に「女の賢いは、男のバガ(馬鹿)にも劣る」と言われて育ちますが、内心女だって賢い方がいいに決まっている、と思っています。
 学校に上がると、サヨという名前の他にヨシという本名があることを知って驚いたりしますが、だれにも名前は一つなのに、自分にだけ二つ名前があると前向きに考えて、がんばって勉強します。でも家族はみんな忙しく、だれも教えてくれないので、一人っ子の友達がおかあさんに習っているところを縁側から見せてもらって字を覚えます。だんだんと一番良い成績の「甲」をもらうようになっていくのでした。

 岩手県の田老町(現・宮古市田老)で生まれ育った一人の女性、赤沼ヨシさんのお話です。第三回「新・童話の海」入選でデビューされ、国土社『リーナのイケメンパパ』などのご著作もある児童文学作家田沢五月さんが、ていねいな聞き取りにフィクションを加えてまとめられたものです。フィクションが加わるのはこういう場合、物語がばらばらにならないためにやむをえずするので、私の想像するに、聞き取られたことと大筋において相違のないお話なのではないでしょうか。
 とにかくこの赤沼ヨシさんという方は、お父さんが明治の三陸大津波の生き残りで、かつご本人も昭和三陸津波と、せんだっての東日本大震災の津波を生き抜いたという、ほんとに生き証人ともいえる方です。さらに太平洋戦争もその間に経験されています。女は賢くなくていい勉強をしなくていい、という風潮の中、貧しい家で高等科にも進んだぐらいのヨシさん、それから先生になりたいという夢は果たせなかったものの、どこに行ってももちまえの努力で前へ前へと進んでいきます。
 とにかく、すごいバイタリティです。ぐち一つ言わずに、なんとかしようと考えるところ感嘆の言葉しかありません。
 田沢さんは、何度も仮設住宅の赤沼ヨシさんのところに通われたのでしょう。そのためにほんと事実の重みが伝わってきます。人間ってすごいな、こういう目に遭いながらも生きてきた方がいたから、私たちが命をつないでこられたんだなと思います。
 貴重な記録として、この本が長く残ってほしいと思います。