2019年10月15日火曜日

「蝶の羽ばたき、その先へ」

書名:蝶の羽ばたき、その先へ
著者名:森埜こみち
出版社:小峰書店
好きな場所:それは、あなたがこれまで生きてきた経験ですって。口の動きでわかるというのもあるし、いままでの経験で、こういえば、こういう答えが返ってくるって予測ができるから、だからわかるんだって
所在ページ:p102
ひとこと:日本児童文学者協会の「長編児童文学新人賞」入選作品です。
 森埜さんはほぼ同時期にちゅうでん児童文学賞も受賞されて『わたしの空と五・七・五』(講談社)でデビューされたうえに、その本で日本児童文芸家協会の新人賞も受賞されています。なんてすごいんでしょう! でも長い間地道に努力されてきたことの結果です。
 

 中学二年生の結は、突発性難聴で片耳が聞こえなくなってしまいます。ママが忙しそうなので遠慮しているうちに、手おくれになってしまったのです。学校ではなんとなくふだんどうりに過ごしているつもりですが、会話が聞こえないときもあり、疎外感を覚えています。かといって、友だちにカミングアウトする気にはなれません。
 偶然手話に出会った結は、中途失聴の大人、今日子に会います。今日子はまったく聞こえないというのに、手話を教えたり、ちゃんと健常者と会話したりしています。
 なぜなんだろうと疑問に思う結ですが……。

 明瞭に聞こえない、耳鳴りがするというのは老人もそうで……身につまされますが、前途洋々で友人関係も微妙な中学生となれば、本当に大変なこと。森埜さんは特殊教育学科を出ておられて、今も手話を習われたり、その試験を受けられたりしておられるからか、その事情や気持ちに肉薄されていきます。

 引用のところを読んで私ははっと思ったのですが、外国に行って言葉がわからないときも同じこと。わかったような顔をしてるとどんどん話しかけられてきますが、でもそれなりにこなせる場合もあるのは生活に共通基盤があるから。こういうシチュエーションならこういうことを聞かれるはずだとか、こういうものが必要なはずだとか。頼りになるのは、言葉ではなく、システムを知っているということなんです。スーパーのレジとか、切符の自動販売とか、スマホとか、バスの中や駅の電光掲示板とかね。バリアフリーって、ちょっと人のためみたいに思っていますが、実際はユニバーサル、もっと広がると自分もいいし、みんなもいいなと思います。人のためならずってことですよね。

 なんてことは別にして、この装丁のようにみずみずしい中学生の気持ちが、清楚な文によってまっすぐ心の中にはいってきます。
 森埜さんおめでとうございます。たくさんの方に読まれますように!