2016年3月5日土曜日

「ガラスの壁のむこうがわ」せいのあつこ(国土社)

書名:ガラスの壁のむこうがわ
著者名:せいのあつこ
出版社:国土社
好きな場所:「変わらないなあ。姉さんは」
おじさんは靴に足をつっこんだ。
「俺でも友だちができたんだから」
「ちゃんとした友だちがだいじなのよ」
 お母さんがおじさんに靴べらをわたした。靴べらを受けとったおじさんは静かに言った。
「俺にはだいじな友だちだったよ」
所在ページ:p26
ひとこと:季節風と河童の会でごいっしょさせていただているせいのあつこさんが、デビューです!
おめでとうございます!!
 せいのさんはすごいがんばりやで、埼玉に引っ越されても、そもそも最初に所属されていたうつのみや童話の会には欠かさず出られていたし、季節風にもいつも投稿されていて、河童の会に入られた時も、お遠いけれど休まずに来るのなら入っていただいても、というような条件があったのだと記憶していますが、毎回埼玉から通ってこられました。大変だったろうと思います。
 筆が立つ、すごくうまい、みんなが最初からそう認めていたにもかかわらず、出版事情などあって、今、デビューです。これから、ぐんぐん活躍されることと思います。

 この物語は、本を読むのは大好きだけれど、いつも一人でいる五年生の少女由香が主人公です。お母さんに友だちをつくりなさいと言われているが、どうしていいかわからない。それどころか、何か人がしゃべるとガラスの豆がぱしぱし飛んで来て痛いような感じがします。人はみんなガラスの壁の向こう側にいるような感じです。本だって、難しい本ばかり読んでいます。人がやすやすと友だちになっているような本にはなじめないのです。お母さんのいうとおり、友だちをつくろうとしてみますけれど、やっとできたと思えば「気持ち悪いんですけれど」「学校に来るのやめてもらえません」などと言われてしまいます。
 そんな由香には、おじさんがいて、妙に気が合います。引用は、おじさんとお母さんは、由佳とお母さんのような関係だったのかもしれないと思わせます。だからこそ、お母さんは由香にそういう態度で接するのでしょう。
 いわゆる空気読めない、うざい、と言われるような子から見える世界を、これでもかこれでもかと追及しながらも、とってもさわやかな読後感です。がんばれ由香ちゃんと思えてきます。これぞ文学と思います。読んだことで、読み手のなにかにたいする見方が変わる。
 カバーの絵も、すばらしいです。私は、この物語は生原稿のときから拝読しても、ガラスの豆と、ガラスの壁の関係がよくわからなかったのですが、こうやって視覚化されると、まさに一目瞭然、なるほどと思います。うわっ、そうか、と驚嘆した絵です。

 実は、最初に参加させていただいた季節風大会で、私はせいのさんと同じ分科会でした。このガラスの壁のむこうがわの最初の部分をせいのさんは出されたのでした。そのとき言っておられたこと思いだします。少年少女が元気いっぱい、というような本ではない本を読みたいと思っている子が必ずいる。そういう子のために書きたい、ということでした。
 そういうお子さんの手にきっとわたると思います。
 そして、元気いっぱいの本が好きというお子さんも、これを読んで、きっとなにかの見方ががらりと変わることと思います。