2016年1月12日火曜日

「アウトラインから書く小説再入門」K.M.ワイランド フィルムアート社

書名:アウトラインから書く小説再入門
著者名:K.M.ワイランド
出版社:フィルムアート社
好きな場所:普段はアウトラインなしで書くのが好きです。ただ、今一緒にお仕事させて頂いている編集者さんは、初稿の前にアウトラインほしいとおっしゃるんですね。だから作り方をマスターしました。
所在ページ:p66
ひとこと:アメリカの作家さんが、アウトラインを先に書いてから小説を書くという方法を解説したノウハウ本です。
 この方は、アウトラインを先に書くやり方をする人を「プロッター」と呼び、書きながらプロットを考えるやり方をする人を「パンツァー」と呼んで、自分の他にもいろいろな小説家にやりかたについてアンケートを取り、利点欠点を比較しながら、最終的にはプロッターになる方法を教えています。
 引用は、どちらかといえばパンツァーの小説家の回答です。

 私は本質的にはパンツァーだと思うのです。学生時代も、記述試験の時、構成用紙という名の白紙が配られるのですが、それにだいたい書くべきことを箇条書きにでもメモ書きにでも、書いてから答案用紙に万年筆で書いてゆくのが普通でした。が、私はどうもこれが苦手で、構成用紙を目の前にすると、何も浮かばないで、答案を書いているうちに芋づる式に書くべきことを思いだすというのが常でした。だから成績が悪かったともいえますが(笑)。

 でも文学はまた別ということで、児童文学の同人の間でも、プロットを先に書くのはどうも苦手、という話をよく聞きますし、書き始めに何度も耳タコになるほど言われたのは、「筋をくりまわすな!」ということでした。筋ではなく、人間を書いてゆくと、その中で立ちあがった人間が思いがけない行動を取ります。それがおもしろいのです。

 なのですが……。やっぱり長編だと、最低ひと月ぐらいはかかるので、それがすべてだめとなると非効率でなかなか大変です。読んでいただく相手の方も、何百枚も読むのは大変ですし、既にできあがってしまったものの修正は難しいし、内容が妥当か会議にかけなければならないこともあるし、というわけで、引用の方のように私も、そろそろプロッターになるような勉強をしなければならないかと、この本を手に取りました。

 とはいえ、自分でも、書き始めの最初のころからプロッターになるのは、おそらく無理だったろうと思います。というのも、どのぐらいのあらすじがどのぐらいの枚数の完成品になるかさっぱりわからないからです。よく、枚数以上の筋をつめこんでいて、消化不良というのがありました。あらすじならすらすら書けることでも、実際人を動かしてみると、そうはゆかないこともあるし、逆にあらすじで多量の文章があっても実際は、セリフと動きのみでわかってしまい、描写するところがあまりないということも、よくありました。小説にはその小説の固有のテンポというのがあって、もしかろうじてプロット通りに書けたとしても、もっとゆっくり読みたかったなどと言われてしまうことも。いちばんこわいのは、アイデアとしておもしろいけど、小説にするとつまらないということで……。

 でもある程度の経験があれば、できるんじゃないかとは思いますが、それでもジャンルやグレードの違いがあるので、最終的には、実際書いてみなければわかりません。でも、小説を書くときの、どっちに筋がゆくかわからないわくわく感は、この本にもあるように、プロットの段階で得られるということがちょっとわかってきました。

 この本の最後のほう、登場人物のバックグラウンドを決めることや、キャラクターのスケッチや、フレーミングなどは、「パンツァー」でも無意識のうちにちゃんとやっているし、やっていなければそもそもちゃんとした作品にならないはずと思います。
 逆に、途中でプロットがうまくゆかないときは、ちゅうちょせずに変えるというのは「プロッター」にも必要なことだと思います。

 いちばんの違いは、書き始める前にどこまで考えるか、ということかなあと、この本を読んで思いました。でも、書き始めるまでにあまり時間がかかってしまうと、結局手をつけないで終わるということもあると思うので、とりあえず書き始めるというのも大事なことではあるわけだし、書き始める前に、あらゆる可能性を考えて、十分にブレーンストーミングを自分でしておくというのが、プロッターの本質なのかなと思った次第でした。