2015年11月7日土曜日

「二日月」いとうみく

書名:二日月
著者名:いとうみく
出版社:そうえん社
好きな場所:「『ほんとうなら』って、すっごくいやなことばだと思わない? 女々しいっていうか」
所在ページ:P172
ひとこと:『糸子の体重計』(童心社)で日本児童文学者協会の新人賞を、そして『空へ』(小峰書店)で日本児童文芸家協会の協会賞を取られたいとうみくさんの最新作『二日月』です。二日月とは、新月のあと肉眼ではじめて見える月のことだそうです。この物語にぴったりのタイトルです。

 小学四年生の杏に、妹、芽生(めい)が生まれます。四人家族になって、うれしく写真を撮った杏の家族でしたが……。
 芽生は、ミルクを飲んでも吐いてばかり。どこが悪いのかわかりませんが、障がいがあることがわかります。長く生きられないと言われて、しょっちゅう救急車で運ばれて入院します。ママのいう「救急車は“行きはよいよい帰りはこわい”」と言う言葉が胸を突きます。救急車はたしかに病院に連れていってくれますが、帰りは自力で帰らなければなりません。なんとかしなければということで、やっていなかった車の運転を始めたりと、必死な杏の一家。その中で、杏は、自分のことをもっと考えてほしいとう気持ちと、大変な両親を思いやる気持ちと、そして妹がかわいいという気持ちの中で葛藤します。
 妹のことをキモイといったり、かわいそうといったりする他人。それに反発しながら、杏は堂々としてめげないママを尊敬します。
 一方、友達の真由の家はパパが単身赴任。セリフは、真由のものです。真由は自分が望んだことじゃなくてもうけいれなきゃならないことってある、それを責めるのは最低だ、「いま起きていることがあたしにとってのほんとうだ」というのです。
 そんな中で、杏はわずかながらできることの増えた芽生に、ほんとうだったらこうなっているはずだと思っている欲張りな自分に気が付きます。そして、思うのです。「ほんとうだったら」(できるはずだ)より、「いつか」(できるようになるかもしれない)というほうがずっといいなと。

 いとうみくさんは、同人季節風の先輩で、私が入った時にはもう『空へ』の原型となった短編などを連続掲載されていた方でした。季節風は厳しい同人で、入って毎年会費を納めていても、同人誌に掲載されるのは編集会議を通過したわずかに数編しかありません。しかもそれが連続掲載となれば、「神」レベルです。そのみくさんに私は生意気に、うまいけど、これはうそっぱちよ、なんて言ったりしたのでした(すみません)。
 でも、撤回します。
 これは、うそっぱちなんかじゃない、ほんと、ぜんぶほんと、ほんとのほんとのほんとです。
 妹にばかり集中する家族の意識を辛いと感じるお姉ちゃんの気持ちもほんと、親を思ってというよりもうその場にいたら、当事者として必死さに巻き込まれてそれしか選択肢がないような状況もほんと、がまんする気持ちやるせない気持ちもほんと、妹を恥ずかしいと思う気持ちもほんと、でもなんで恥ずかしいんだと自分を責める気持ちもほんと、本音の根っこのところは妹がかわいい気持ちもほんと、ぜんぶほんとだと思います。
 そして、ぜんぶほんとと肯定した中に、先に進める、すばらしい人間がいます。真由ちゃんのいう「ほんとうなら」は後ろ向き、「いつか」は前向きな精神でしょう。真由ちゃんは、迷える杏ちゃんの成長した姿かも、いえいとうみくさんからの幼い自分への、そしていろんな意味で困難な立場に立った子どもたち、おかあさんたちへのメッセージかもと思えてきます。
 お涙ちょうだいじゃなくて、芯から泣けて、そうして人間っていいなと思えるお話です。
 こんなお話を書けるいとうみくさん、やっぱりあなたはすごいです!!